前川進介の政治日記

議会報告 2023.7.3

「丹波市障害福祉行政は20年は遅れている!」 その問題の本質を探る

昨年8月、これまで他市で相談支援業務を行なっていた相談支援専門員の方から「丹波市の障害福祉は絶対におかしい!」という意見をいただいたことをキッカケに、今日に至るまで丹波市の障害福祉行政の実態や、我が国の障害福祉行政の制度や歴史について調査してきました。

丹波市内の障害者やその家族の声を聴き、政策や制度、それに歴史的背景なんかも勉強しながら近隣他市の現状と比較し、市当局に現状を改めるよう指摘してきた年末までは、1日の休みも取れないほどの濃密さで、こうしてブログを書く暇すらありませんでした。市議会議員の仕事って、本気を出したらこんなに大変だったんですね(汗)

もちろん9月、12月の両定例会の一般質問でも障害福祉について取り上げたわけですが、こんな調子で取り組んでいたら私の任期中の一般質問は、その全てが障害福祉についての質問になってしまいそうなほど課題山積でした。

そこで12月定例会後からは、議員個人で対応するのではなく、民生産建常任委員会として調査を進めるように委員会に働きかけ、今では委員会として障害福祉行政について調査研究する形式を取っています。

ただ、当然ながら委員の間で障害福祉に関する知識や熱量に温度差はあるので、今回のブログでは、これまで私が調査してきた内容を現段階で一旦整理し、関係各者に対して私なりに捉えている現状の問題点とその本質を明らかにしておきます。


1. 我が国の障害福祉行政の変遷

戦後から2000年までは行政がサービスを決める「措置制度」

まず、今回の私の問題提起を皆さんにお伝えするためには、日本や世界の障害福祉行政の歴史をご理解いただく必要があります。できるだけ簡潔にお伝えするので、ちょっとだけお付き合いください。

遡ること第二次世界大戦直後。海外からの引揚者、身体障害者、戦災孤児などの生活困難者が激増し、その対応が急務でした。このような戦後の混乱期においては、一人ひとりに個別最適な福祉サービスを!なんて言う余裕はありませんから、政府はそのような福祉サービスを必要としている人に対し、行政がその必要性を判断し、行政がサービス内容を決定する「措置制度」を導入しました。これから話をする障害福祉サービスにおいてもその例外ではなく、戦後の障害福祉サービスも「措置制度」で設計されてきました。

また当時の障害福祉サービスは保護的な役割が強く、障害者は大きな施設に収容され、自由に外出したり好きなことをしたりすることができないような環境で、決して人権が尊重されていたとは言えませんでした。

これは日本に限った話ではなく、世界的にもそのような政策がなされていたようだったんですが、1960年頃、デンマークでそれに異を唱える動きが出てきました。「障害者を閉じ込めるのではなく、障害があっても地域社会で自立的に生きられるように地域社会を変えていくべきではないか」という「ノーマライゼーション」の考え方が提唱されたのです。

その後、この考え方は世界標準となっていきます。1982年には国連で「障害者に関する世界行動計画」が採択され、この年を境に日本においても「ノーマライゼーション」の考え方が浸透していくことになります。

それまでの日本においては

【環境】障害者が大型施設に保護的に収容されている環境
【制度】行政がサービス内容を決める「措置制度」

という状況でしたから、そこからこの「ノーマライゼーション」を実現させるためには、

【環境】地域社会の中に多様な障害福祉サービス提供者が存在している環境
【制度】その中から利用者に合った福祉サービスを、利用者自らが選択し、事業者と契約する「契約制度」

のように、従前とは正反対の【環境】と【制度】を用意する必要がありました。

また1991年には日本経済のバブルが弾け、財政的な面からも障害福祉サービスの在り方が検討されるようになり、「官から民へ」、つまり、コスト高になりがちな行政が丸抱えするのではなく、民間でできることは民間に移行し行政コストを削減していこうとする流れが強まってきました。


2000年からは利用者が内容を決める「契約制度」で、自立→人権尊重へ

これら、「ノーマライゼーション」と「官から民へ」の流れが連動して起こったのが、2000年に打ち出された「社会福祉基礎構造改革」です。障害福祉におけるこの改革のポイントをまとめると下表の通り。

社会福祉基礎構造改革の概要


「措置制度」から「契約制度」に変え、複数ある民間の社会資源から障害者自らが受けたいサービスを選択することができることで、

・「自己決定権」という障害者本人の人権が保障されること
・民間の市場原理が働き、サービスの質の向上やコスト削減が見込めること

などのメリットが期待できる改革
だったということですね。戦後から約50年も続いた障害福祉行政の在り方が変わる、戦後最大の転換点だと言えます。

そして2006年には、障害者の持っている能力や適正に応じて社会で自立した生活ができることを目的とした「障害者自立支援法」が施行され、大型施設で保護されていた時代からの脱却、つまり、障害者が地域社会で自立的に暮らせるような「ノーマライゼーション」の流れが推進されました。

この自立支援法の第一条には、障害者の持っている能力や適正に応じて社会で自立した生活ができるよう、また、障害の有無にかかわらず、安心して地域で暮らせるようにしていくことが明記されていたわけですが、一方でこの「自立」という言葉は「働く」というイメージが強くありました。そのため、本来重要視しなければならない「障害の有無に関わらず安心して地域で暮らせる」というところに主眼が置かれたものとは言いにくかったのです。

そこでその反省から、2013年には、障害者にもある基本的人権を尊重し、障害者が社会で生活をするために必要な総合的な支援をするための法律である「障害者総合支援法」が施行されました

つまり、障害者自立支援法から障害者総合支援法へ移行するにあたって、そもそもの目的が障害者の「自立」から「人権尊重」に変わったということですね。

両制度の内容は別として、この目的に関して言うと、「自立」も「人権尊重」も大差ないと個人的には思います。と言うのも、社会的弱者と言われる存在という点で共通する「子ども」にも言えることですが、子どもを自立的に成長させようと思ったら、まずは子どもの権利、即ち「生きる権利」「育つ権利」「守られる権利」「参加する権利」という人権を尊重することが求められるんです。そうすれば自己肯定感が高く、自立的に生きられるように育つと言われています。

言い方を変えると、この図にあるように「依存」と「自立」を繰り返すように生きてゆける環境を整える、ということです。

4つの権利を尊重すれば、自立的に生きられるように



それは障害者でも同じことだと私は思っているので、障害者自立支援法と障害者総合支援法は、「自立」という結果を重視したか、「人権尊重」というプロセスを重視したかという点で異なっているのかもしれません。


ちょっと話が横に外れましたが、障害者総合支援法により障害者の人権が尊重され、個人に合ったオーダーメイドの支援を受けることができるようになりました



「障害程度区分」から「障害支援区分」に変更

高齢者の介護保険制度で、要介護3や4などの区分があるように、障害福祉においても区分が設定されています。そしてその区分も、障害者自立支援法から障害者総合支援法に切り替わるタイミングで名称と内容が改正されました。


・障害程度区分(障害者自立支援法)
障害福祉サービスの必要性を明らかにするため障害者の心身の状態を総合的に示す区分

↓↓↓↓↓↓↓

・障害支援区分(障害者総合支援法)
障害の多様な特性その他の心身の状態に応じて必要とされる標準的な支援の度合を総合的に示すもの。


「心身の状態」から、「必要とされる支援の度合い」に切り替わったわけですね(1が支援の度合いが低く、6が最も高い)。

この区分認定は、認定調査員による区分調査と医師の意見書などを根拠にしたコンピューターによる一次判定と、審査会による二次判定により決定されます。

なお、居宅介護や短期入所などの介護給付を受ける場合はこの区分認定が必要となりますが、就労継続支援などの訓練等給付や障害児への療育においては区分認定は必要ありません。


障害者の人権を守るために計画を立てるのが相談支援専門員

障害者自立支援法が施行されるタイミングで、「相談支援専門員」という役割が設置されました。

この「相談支援専門員」はその人に合ったオーダーメイドの支援を受けられるよう、障害者(児)の生活、住居、療育など暮らしにおける悩みの相談を受け、地域の社会資源の中から最適と思われる障害福祉サービスを組み合わせた「サービス等利用計画」を立てることが主な仕事です。

また時間の経過とともに障害の度合いや体調が変化したり、サポートしてくれる家族の構成が変わったりすることもあるため、定期的にモニタリングを行い、よりその人に合った計画に修正していくことも重要な役割です。

介護福祉業界でいうところの「ケアマネさん」と言えば分かりやすいでしょうか。利用者と福祉サービスを繋げて障害者でも暮らしやすい環境を整え、障害者の基本的人権を守るために必要な支援をするキーマンと言えます。


障害福祉サービスのフロー


国の制度は変わってきたけど、丹波市の実態は・・・

以上、戦後間もない頃から現在までの障害福祉の変遷をざっとまとめてみましたが、昔に比べたら障害者が生きやすい日本社会になってきたことがわかると思います。

ただ、この日本の障害福祉行政の変遷を知る人からすると、「丹波市の障害福祉行政は20年は遅れている・・」と酷評されてしまう現状で、特にこの「相談支援専門員」を中心に、丹波市では大きな問題が起きてしまっていると、私は考えています。


ちなみに、この歴史や制度の勉強には、件の相談支援専門員から「ハイ」と渡されたこの『これならわかる<スッキリ図解> 障害者総合支援法 第2版』を主に活用しました。とてもわかりやすく書いてあるので、短期間でスパルタ式に学ぶのにちょうどよかったです。ほんと、スパルタでした・・・。

スパルタ先生から貸していただいた私のバイブル




2. 丹波市は障害者総合支援法の目的である「障害者の人権尊重」の意識が低く、様々な弊害が起きている

全般的に障害者総合支援法の目的である「障害者の人権尊重」に対する理解が浅い。

令和5年5月11日、市内の相談支援事業所の方々に集まっていただき、丹波市議会民生産建常任委員会との懇談会を開きました。やはり当局からの説明を受けるだけでなく、利用者や関係者からしっかりと話を聞かないと、問題の本質が見えてこないと思ったんで、私が正副委員長に提案させていただきました。

そこでは色んな話が出てきたんですが、最も根本的な問題は、全般的に障害者総合支援法の目的である「障害者の人権尊重」に対する理解が浅いということでしょうか。

懇談会での意見の中に

・審査会が障害者の人権尊重の視点で審査されていないのではないか。一人暮らしを希望されている方だと、相応の時間数を支給決定してもらわないとならないが、審査会にかけた時に十分な支給量が出ない。
・審査会の答えや指摘事項は、一つ前の時代(障害者自立支援法の時代)だ。



というものがありました。自立支援法から総合支援法に切り替わったことに対する理解が、浸透していないように見受けられます。

また、懇談会では他にも、

先にあるのは自立であり、利用者にラクになってもらうためのサービスではない。御用聞きではない。



という意見も出てきました。どうもやはり自立支援法の影響が強く残っていそうな気がします。


さて、極め付けは行政です。これは残念な話ですが、令和4年9月の一般質問において、障害者総合支援法の第一条に記されている、障害者の人権を守るためという法の目的を問うたところ、健康福祉部長は、「障害のある人もない人も、全ての方が自立的に生活を営むことができるように支援していくもの」と答えられました。

これはね、2006年に施行された障害者自立支援法の目的ですよ。いつの時代の話をされているのか。

ヒントを出そうと、自立支援法と総合支援法の違いは何かを問い直したら、それには答えられないとのこと。2013年には障害者総合支援法によって目的が人権尊重に変わっているのに、部長答弁がこれですから、この点に関して丹波市の障害福祉行政は10年は遅れていることになります。

さらに、その一般質問の後、健康福祉部内の課長や係長と話をする機会がありましたが、そこでも人権尊重という法の目的を理解されていませんでした。

これが意味することは、日々忙しく仕事をしているけれども、何のためにその仕事をしているのか、その目的を理解できないまま、ただ仕事をしている状態だったということです。そんなマネジメントでは人権が尊重できなくて当然です。

また本会議で答えられないだけでなく、その後の周知徹底もなかなか行われてこなかった様子を見るに、やはり丹波市障害福祉行政の最大の問題は、障害者の人権尊重という視点が欠如していることだろうと思いますね。

市長はじめ管理職ですら総合支援法の目的を理解せず障害者への人権意識を持っていないことが、これから述べる丹波市障害福祉行政に関わる問題の、最大で根本の原因だと思います。



丹波市の療育はまるで措置制度。利用者の自己決定権が奪われている。

障害福祉サービスを大別すると、障害者向けサービスと障害児(18歳以下)向けサービスがあります。

その障害児向けの福祉サービスの中には、障害を持つ子どもが社会的に自立して生活できるよう、それぞれの状態に応じた支援を行い発達を促す「療育」と呼ばれる福祉サービスがあります。放課後等デイサービス事業、所謂「放デイ」もこの「療育」の一つですね。

丹波市ではこの「療育」を受ける体制が不十分で、市民に大変な苦労を強いてきました。どこでどう間違ってこんな状況を作ってしまったんだろうかと、不思議でなりません。

では実情を説明します。


市の狙い「ミルネ公的ライン」

丹波市には県立丹波医療センターに隣接する「丹波市健康センター ミルネ」があり、1歳半健診や3歳児健診など、乳幼児の健康診断はこのミルネの中にある健康福祉部健康課で行われています。

また同じくミルネ内には、健康福祉部子育て支援課が所管する、障害児の「サービス等利用計画」を立てる「相談支援事業所 まごころ」と、障害児の療育を施す「児童発達支援事業所 もみじ」があります。

なぜこのミルネ内に健診、相談支援「まごごろ」、児童発達支援「もみじ」の3つが揃っているかと言うと、

健康課が実施する健診や相談から通所支援事業所の見学まで、ワンストップで行えるという利便性もあり、保護者の方にとっては、どこで相談すれば良いのか分からないといった迷いがなく、安心して利用いただけていると思います。健康センターミルネ内で事業所を開設した市のねらいは、有効に働いているものと考えており(後略)

令和4年10月31日付文書質問回答書より



とあるように、未就学児が健康診断を受けてから→「まごころ」→「もみじ」と迷いなく進んでいくことを行政は狙っていたわけです。

「迷いなく」と言えば聞こえは良いですが、要は健康診断を受けてから→「まごころ」→「もみじ」という「ミルネ公的ライン」に誘導していた、ということです。



「まごころ」を利用すると「もみじ」利用を求められるパターナリズム

この「ミルネ公的ライン」の何が問題かと言うと、健診から「まごころ」に繋がってしまうと、そこから「もみじ」の利用が大前提になってしまうからです。

市当局は、「まごころ」を利用しても「もみじ」以外の児童発達支援事業所を利用することができるという話をしていますが、実際、親子ともある民間の児童発達支援事業所を利用したかったけど、「まごころ」の相談員等から

「あそこは民間やからあかん。」
「『もみじ』が空いているのに、なんで民間に回さなあかんねん」


と「もみじ」の利用を強制された
事例があったと、複数の関係者から聞いています。

特にひと昔前の対応が酷かったようですが、今でも「まごころ」や「もみじ」の利用者からは、

「もみじ以外を使えるなんて知らされていなかった」

という声がザラにありますし、「まごころ」に「もみじ以外の民間事業所を利用したい」と訴えても、「まごころ」になかなか対応してもらえず、仕方がないから相談支援事業所を「まごころ」から他の民間事業所に変えて、やっとこさ「もみじ」以外の療育を受けることができるようになった、という話も聞きます。

まだそのように行動に移せる場合はいいですが、中には「まごころ」が高圧的で怖く、行政にNOと言ったら我が子が放デイに行けなくなるのではないか?という恐れから、その希望を言うことすらできない、という方もいらっしゃいます。

我が子が泣いてまでして行きたがらない「もみじ」に無理やり連れて行かねばならない保護者の気持ちたるや・・・。行政職員はそのような市民の気持ちを考え、公権力の大きさに対してもっと敏感であるべきでしょう。

これね、仮に「まごころ」が善かれと思ってやっているとしても、パターナリズムという人権侵害ですよ。パターナリズムとは、権力や能力のある者が弱い者に対して「あなたのため」として干渉し、自己決定権を奪うこと。日本の障害福祉業界ではよくあることで、日本は昨年、国連から是正するよう勧告を受けています。それが、丹波市障害福祉行政でも起こっているということです。


丹波市は社会福祉基礎構造改革前の実態で、コスパが良くない

ここで、先ほど来説明してきた「社会福祉基礎構造改革」の内容を思い出してください。

それまでの「措置制度」から「契約制度」に変え、複数ある民間の社会資源から障害者自らが受けたいサービスを選択することができることで、

・「自己決定権」という障害者本人の人権が保障されること
・民間の市場原理が働き、サービスの質の向上やコスト削減が見込めること

などのメリットが期待できる改革でしたよね。

ところがこれまでの丹波市では、行政が直営で抱えた「まごころ」がサービスの内容を決定してきました。制度的には措置制度から契約制度に変わったはずなのに、実質的には行政職員がサービスの内容を決定してしまうという措置制度のまま

つまり、行政がサービスの内容を決定し、障害者の自己決定権という人権を侵害してしまっていたんです。確かに利用者の迷いを減らすことは大切な観点ですが、人権を侵害してはいけません。


また、相談支援事業所においてはサービス等利用計画を立てるだけでなく、時間の経過とともに障害の度合いや体調が変化したり、サポートしてくれる家族の構成が変わったりすることもあるため、定期的にモニタリングを行い、よりその人に合った計画に修正していくことも重要な役割です。

その際は、利用者がサービスを提供されている現場を観察しながらヒアリングすることが推奨されているわけですが、「まごころ」の相談支援専門員は、「ミルネ公的ライン」の「もみじ」以外の現場には出向くことがまずありません。事業者にメールで様子を伝えるよう指示するだけです。

やはり実際にサービスを受けている様子を確認しないと、その子に最適なサービスを選びにくいでしょう。この仕事の仕方では相談支援業務の質にも関わってきます。

今では障害児の対応ができる民間の相談支援事業所は「まごころ」以外で市内に7つもあります。やっぱり国が推し進めた「社会福祉基礎構造改革」の基本に立ち返り、「官から民へ」移行させないと、市場原理が働かず、サービスの質の向上やコスト削減が見込めないのではないでしょうか。

そうして「社会福祉基礎構造改革」の考え方に近づけるためにも、例えば「まごころ」を指定管理にして民間事業者に運営してもらったらいいと思います。指定管理にすれば行政の過度な介入を避けられるし、また民間事業者の活力やノウハウが活用されて、利用者のニーズに対応したきめ細やかで質の高いサービスの提供が期待できますから。

3月の予算審査の際に「もし『まごころ』を指定管理にしたら?」という質疑の中で予算の内訳を聞いたところ、「まごころ」は職員2人で人件費が年間1371万4千円とのことでした。指定管理にすれば、この人件費もかなり節約できるでしょうから、サービスの質の向上のみならず、我々の税金の合理的な遣い方にも繋がるはずです。実際、そうやって指定管理制度を活用している相談支援事業所は他市にもけっこうあります。


この市場原理が働いていない弊害は、「まごころ」だけでなく「もみじ」にも言えることです。実は「もみじ」の会計年度任用職員(昔で言う非正規職員)の離職率が非常に高いんですね。

組織のマネジメントが効いていないんだと想像していますが、不公平な対応で心を痛め、朝から涙を流す職員が居たとも聞いています。だから任期の1年ももたずに辞めてしまう。私が調べた令和2、3年度の離職率は、「もみじ」以外の市役所内の部署では3%くらいなのに、「もみじ」に限ると両年度とも10%!

もちろんこの状況は療育を受けている子どもたちにも影響してしまっているでしょう。数年前には本来療育の時間中に児童に飲ませなければならなかったてんかんの薬を、職員が飲ませ忘れたという事故があったと、「もみじ」利用者から聞いてもいます。

だから「まごころ」と同じように「もみじ」に関しても、サービスの質の向上や行財政改革の観点から指定管理制度で民間に託すことが望ましいでしょう。またすぐ隣に県立丹波医療センターがある立地条件の良さを活かして、医療的ケアが必要な子どもに特化するなど、他社との差別化も必要だと考えます。これらが実現すれば、スタッフも利用者もハッピーな児童発達支援事業所になるんじゃないかな。




私の指摘と市の対応

このことは昨年から問題視していて、「ミルネ公的ライン」に誘導すべきではない、と指摘し続けてきました。それを受けて行政からは、発達に課題がある未就学児の保護者には、健康診断を終えてから、保健師が「まごころ」だけでなく相談支援事業所の一覧を見せるようになったという報告は受けています。

しかし令和5年度の『丹波市子育てガイドブック』や「丹波市子育て支援サイト むぎゅっと!はぐすたー」においては、障害児相談支援や通所支援には「まごころ」と「もみじ」しか掲載していません。これでは未だに「ミルネ公的ライン」に誘おうとしているように受け取れます。紙面に空いているスペースがあるんだから、民間の事業所も書いときゃいいのに。

子育てガイドブックには「ミルネ公的ライン」のみ紹介



まぁこういう小手先の対応も必要ではあるんですが、そもそもは社会福祉基礎構造改革の流れに乗っかるべきです。20年遅れになってしまっていますが、今からでも仕組みそのものを変えていかないと

私、いつも思うんですけど、うまく機能していない組織って、誰かが悪いということではなく、仕組みが悪いんですよ。仕組みが悪いから、その中で働く人のパフォーマンスが上がらない。今の丹波市の療育に関しても職員が悪いのではなく、政府の改革と逆行してしまっているこの「ミルネ公的ライン」という仕組みがおかしい。だから、「丹波市の障害福祉行政は20年は遅れている・・」と酷評されてしまうんですよ。

そして、その仕組みを大胆に改革していくことは、政治家の仕事でしょう。人事権を持っているのは市長だけなんだから、これに関しては部下からのボトムアップなんて待ってないで、障害児たちの人権を守るためにも市長、はよ仕事して。



平成28年度まではこども園に通うタイミングで療育を打ち切られていた・・・

さて、「ミルネ公的ライン」の構造改革をすべきだという話はご理解いただけたかと思うのですが、今回はその話だけでは終わりません(まだまだ続きます)。

実は、平成28年度まで、丹波市はこども園と療育の並行利用を認めてこなかった過去があるんです。

「こども園の加配保育と療育支援の並行利用として、同日に両方のサービスを利用することがないよう指導してきた」

「これは、こども園での加配保育と療育支援のサービスを重複して利用することは、補助金等の重複と考え、利用を控えてきたもの」

令和4年10月31日付文書質問の回答書より抜粋


これは意味のわからない行政指導なので、ちょっと例を挙げて説明してみますね。

例えば3歳で療育を受けていた障害児がいたとしましょう。保護者はそろそろ仕事に復帰したいからと、その子が年中になるタイミングで地元のこども園に入ってもらおうと思いました。ただ、集団生活に馴染めない特徴があったため、加配の職員がついて保育が行われることになりました。そうすると、当たり前ですが、そこには加配職員の人件費が発生します。またそれまで受けていた療育にも経費はかかっています。この状態を丹波市役所では、「補助金の二重取り」と称し、その「二重取り」をしないように指導してきたということなんです。

これ、まったく意味がわからない!!!「保育」と「療育」は全く別の福祉サービスです。神経が発達していく就学前の段階は、療育にとってはとても大切な期間であり、せっかく福祉サービスに繋がってその子にとって必要な療育を受けていたのに、それを「補助金の二重取り」と称して辞めさせるなんて、本当にその子のことを考えてのことなのか。職員は我が子がその立場であっても、「補助金の二重取りやからダメだ」なんて言えたんでしょうかね?

そして、そんな「補助金の二重取り」をさせないというルールで運用してきたのは、全国どこを探しても丹波市だけだったんちゃいますか?だって、そもそも国はハナからそんなルールを作ってないですもん。これは障害児の権利を奪う、丹波市独自の行政指導です。

公式な回答ではこの指導は「平成28年まで」となっていますが、実際は令和に入ってからもこのような指導をされてきたと訴える保護者は何人もいらっしゃいます

それを、行政は「過去の話」のように扱って終わらせようとしているように見受けられるんですが、これね、「過去の話」で済ませることなんてできないですよ。だって、そうやって療育を切られた子どもたちは今も丹波で暮らしているんだから。

実際に、息子さんが障害児で療育を受けていたけど、こども園に入園するタイミングで療育を切られ、その時に受給者証も返却させられたという保護者の方と話をしましたが、その息子さんは今、氷上特別支援学校中等部に在籍しているとのことでした。特別な支援が必要だったから療育を受けていたのに、なんで切るかな。もしその彼が療育を受け続けていたら、今とは違った世界で生きているかもしれません。この行政の責任は重いと思います。

そんな丹波市独自の経緯があったから、過去に療育を切られて、今学校で集団生活に馴染みにくいと訴える児童生徒がたくさん居てるんじゃないかと懸念しています。小中学校の不登校とも関連する話です。

だから私は、そんな過去の失態を挽回すべく、今を生きている子どもたちのためにできるケアを手厚く施すべきだと訴えているんですね。その一つが、「保育所等訪問支援」です。これは療育を施している事業者が、保育所や小中学校、それにアフタースクールなんかにも入って、その子が集団の中で暮らしやすくなるような支援をする障害福祉サービスです。

一昨年度まで市立学校の特別支援教育支援員をしていた職員から、「療育の知識があったら児童生徒への効果が全然違うと思う。一応研修会が年2回あるが、学校が福祉と繋がっていないため研修会の講師が教諭であり、療育を学べない。療育を教えてほしいという職員は山ほどいるのに。」という現場の声を聞いています。

また実際に学校で働く教員の中には、プライベートな時間に身銭を切ってでも療育等の知識を学ぼうとされている教員もおられ、頭の下がる思いです。

そんな教職員の思いにも応えられるよう、「保育所等訪問支援」をフル活用すべきだと思うんですね。

これは不登校対策にも直結してくる話なので、学校と福祉が協力し合って進めていただきたく、昨年12月の一般質問で訴えてきました。



審査会の辛口判定(?)と行政の民業圧迫によって、社会資源が増えにくく、障害者や保護者に余計な負担がかかっている

これは子どもの療育に限った話ではありませんが、社会福祉基礎構造改革によって、サービスの主体が「官から民へ」と移行されたわけですよね。だから、行政としては福祉サービスを提供してくれる民間事業所を増やしていかねばならんわけです。

そんな状況下において、

「もみじが空いているのに、なんで民間に回さなあかんねん」

という対応は民業圧迫であり、行政がそんな対応をしていたら民間の事業所(社会資源)が増えにくくなるわけですよ。


また相談支援事業所との懇談会での意見の中に

・審査会が障害者の人権尊重の視点で審査されていないのではないか。一人暮らしを希望されている方だと、相応の時間数を支給決定してもらわないとならないが、審査会にかけた時に十分な支給量が出ない。
・審査会の答えや指摘事項は、一つ前の時代(障害者自立支援法の時代)だ。



という声があったように、丹波市の区分認定が前時代的で、人権を尊重するには不十分な支給量しか行政が出さないという話は業界で知れ渡っています。丹波市は県下一障害福祉サービスに厳しいという話が、もう業界の常識になっています(実際に審査会の区分認定や行政が出す支給量が県下一厳しいかどうかは詳しく調査しないとわかりませんが、そういう噂が出回っていることは事実なんです)。

事業所からすると、障害者の人権をしっかり尊重できるくらいサービスを提供したいのに、行政が人権尊重を許してくれないというわけのわからん構図ですから、福祉事業所からしたら経営的にも精神的にも満足できず、丹波市内で開業したくなくなるんです。

だから新たに開業するなら、丹波市ではなく、近隣の丹波篠山市や西脇市あたりに事業所を立ち上げる経営者が多いんですって。そう言えば今年、丹波市の方がお隣西脇市に短期入所施設を作られました。そういうことなのかな。

そうなると、市内に事業所が不足している丹波市民が福祉サービスを受けようとなると、わざわざ市外まで移動しなきゃならんのです。

実際に、先日の懇談会では

・市内に、重度のこどもの受け入れ先の放課後デイサービスがない。
・重度心身障害者は、大きな施設しか使えない。丹波市で生活しようとしても、ショートステイなどの社会資源が乏しく、生活しにくい。
・受け入れ先が市外など遠くになると、保護者が送迎しなくてはならず、なかなかできない。
・市外に行かざるを得ない時は、事業所の努力で送迎が行われるが、事業所からしたら地域外の障害者を送迎することは、距離的にも負担がかかるため、利用回数を減らしてくれと言われる。



という意見も出ていました。


このように、行政が民業を圧迫してきたこと、また障害者の人権が尊重できるほどの区分認定と支給量を認めてこなかったことなどによって、丹波市内に福祉事業所などの社会資源が不足して、結果的に障害者やその家族に余計な負担を強いることに繋がってしまっているのが現状と言えそうです。

実際に今、療育の放課後等デイサービスは市内の事業所はどこも満員状態です。そもそもの数が本当に少ない(午前中に行われる未就学児向けの療育はまだ定員に空きがあります)。

丹波市障害福祉行政はこれを反省し、このマイナスの状態からの挽回が求められています。業界のイメージを一変させるような改革を断行していかないと、市内に事業所が増えず、市民は困ったままですよ。




3. 縦割り行政で、縦割りの弊害がモロに出ている障害児への対応

通級・支援級利用の3割程度しか療育を受けていない現状

令和4年10月31日付文書質問書の回答、並びにその後のヒアリングによりますと、

・市内の通級利用者と特別支援学級に在籍している小1〜中3の児童・生徒の合計は314人
・療育を受けている受給者証発行者は小1〜中3までで101人

とのことで、通級・支援級の314人のうち32%の101人しか福祉サービスを受けていないことになります(療育を受けている児童・生徒の全員が通級・支援級を利用しているとした場合)。

特別支援学級や通級を利用してはいるけど、障害福祉サービスは受けていない児童・生徒が213人はいると見られ、その当事者たちからヒアリングすると、そのほとんどが「療育」という障害福祉サービスの存在すら知らされていませんでした。


丹波市の障害福祉行政と保育・教育行政の関係



また、未就学児の間に健診をキッカケにせっかく福祉と繋がった場合でも、前述の「補助金の二重取り」でこども園入園とともに療育を切られ受給者証を失ったケースが多々あり、在学中の障害児が適切な療育を受けられていないのが丹波市の現状だと思われます。

 一方で、現在療育に通っている子の保護者に聞くと、

「たまたま姉が保健師で、療育のことを教えてもらえた」
「たまたま民間の児童発達支援事業所の送迎車を見かけ、うちの子が使えるんじゃないかと電話で問い合わせをした」
「療育手帳を取得したが、放課後等デイサービスというものがあることすら教えてもらえなかった。偶然知り合った人からそのことを教えてもらい、放デイに行くには、相談支援というところに行く必要があることを知った。」


などと、当市において障害児が福祉サービスと繋がるのは、かなりの偶然性に依るんです。


 「支援サービスがあること」と、「そのサービスの情報が必要とする人に行き届き、簡単な申請で受けられること」は、全く別の話です。

このようにサービスの存在を知らされていない子どもたちが現状でも200人以上いるのではないかと懸念されるわけなんですが、市としてニーズが見込まれる市民に対して、これまでどのようにして情報を提供してきたんでしょうか?

先日の懇談会でも、

・担当者会議で学校と連携したいと伝えたら、この10年ほどしたことがないと言われ、1月に校長に説明したケースがある。今まではどうしていたのか?
・児童の94%が受給者証から療育手帳についてのアナウンスがない。



という意見があり、現場でも問題視されていたようですが、行政はなぜ対応してこなかったのか。



国や県の方針には知らんぷり・・・

平成30年5月24日に文科省と厚労省から

「教育と福祉の一層の連携等の推進について(通知)」

とう通知があって、その中では

(3)学校と障害児通所支援事業所等との連携の強化について

 学校と放課後等デイサービス事業所において、お互いの活動内容や課題、担当者の連絡先などが共有されていない等により、両者の円滑なコミュニケーションが図れず連携ができてない。(中略)こうした状況を踏まえ、学校と障害児通所支援事業所等間の連携方策について、別添2の地方自治体の実践事例を参考に検討し、学校と障害児通所支援事業所等間の連携の仕組みを構築すること。

教育と福祉の一層の連携等の推進について(通知)



と、学校と福祉が連携せんとあかんで、と明文化されているんです。そして令和2年度には兵庫県教育委員会から、家庭と教育と福祉の連携「トライアングルプロジェクト」のマニュアルや理解啓発チラシまで出されています。


トライアングルプロジェクト(兵庫県教育委員会資料)



それにも関わらず、令和4年10月31日付の

「市立学校で通級や支援級に通っている児童生徒の中で、療育を受けている人数の割合は?」

という文書質問に対する各部署の対応がこちら。

・健康福祉部

受給者証を発行する際には、療育が必要かどうかの観点で申請書の内容から判断しているため、実際に「通級なのか、支援級なのか、また普通クラスなのか」の把握は必要ありませんので、集計はしておりません。

令和4年10月31日付文書質問回答書


いやいや、国は「学校と障害児通所支援事業所等間の連携の仕組みを構築すること」って言うてるのに、「把握は必要ありません」ってどういうことよ?受給者証を発行してからでも追いかけて調査して、教育行政と連携する必要があると思うけど、とにかく全く連携する気なしやね。


・教育委員会

児童生徒の個人情報である療育の有無については、その報告を学校に求めておりませんので割合を出すことができない旨、ご了承ください

令和4年10月31日付文書質問回答書


教育委員会さん、何言うてまんの!?その個人情報が求められてるんやで!?「個人情報」と言っておけば許されるとでも思ってはるんかな。

と言うわけで、健康福祉部も教育委員会も、連携する気ゼロだったご様子。

丹波市は国や県の通知内容すらスルーした仕事をしていたから、児童生徒のほとんどが療育の情報すら知らされていなかったのも頷けます。早い時期に適切な療育を受けていれば集団生活に馴染めて、不登校率が下がってたかもしらんのに・・・。

12月議会でこの重大な事実を伝えたけど、市長はトップダウンで動くこともなく。それでよくもまぁ「帰ってこいよ」とか無責任なこと言えるな。




社会福祉士資格のないスクールソーシャルワーカー(SSW)では、学校を福祉に繋げにくい

また、学校でいじめや暴力行為、問題行動を起こす児童・生徒がいた時に、その背景に障害が絡んでくることも多々あります。そういった複雑に絡まる問題の解決を学校のみで目指すのは容易なことではありません。そこで登場するのが、子どもたちの環境と直接関わり合いながら問題の解決を目指すスクールソーシャルワーカー(SSW)です。

学校だけでは解決できない事情を考慮すると、学校以外の関係機関にソーシャルアクションを起こし、多角的なソーシャルワークを行える福祉分野の介入が必要ですから、SSWには学校関係者ではなく社会福祉士が就くのが一般的です。

ところが丹波市では、令和4年度までは社会福祉士資格のない教員OBのみが就いていて、学校と福祉がなかなか繋がりにくい状況であったと聞いています。

一応教育委員会としても社会福祉士を募集してきたのだけど、応募がなく、仕方なく元教員にお願いしているとのことだったんですが、もっと話を掘り下げてみると、募集の仕方に問題があるようでした。

募集に当たっては丹波市教育委員会のウェブサイトとハローワークに情報を出しているとのことだったんですが、そんなやり方では応募がなくて当たり前です。社会福祉士がいちいち自治体のウェブサイトなんか見ませんって。

他市町においては、社会福祉士が集まる一般社団法人兵庫県社会福祉士会にSSW募集の案内を出し、その情報を見た社会福祉士が応募するというのが定番です。

他市町は釣り堀に、丹波市は魚のいない池に糸を垂らしていたようなもんで、そりゃ釣れませんわ。

今年度は社会福祉士の資格を持ったSSWが丹波市にも誕生しましたが、それはたまたま私の知人に有資格者がいて、丹波市で募集していることを伝えて応募に繋がったからであって、教育委員会の募集に気づいていたわけではありません。単なる偶然です。

課題を抱える子どもたちのために本気で社会福祉士を求めていたのなら、そんな偶然性に頼らず、募集の仕方を変えてみたり、他市町教育委員会に相談したりして、もうちょっと工夫すると思うんですけどね。この問題を放ったらかしにしてきた教育長たちに、どうもそのあたりの熱量が感じられない。



子ども一人ひとりに寄り添った利用者目線の行政サービスを行うために、ボトムアップをやめて部署の引越しを

こうした縦割りの弊害の被害を受けているのが、障害を持つ子どもたちです。今年の4月から子ども基本法が施行され、子どもに関する部署を横断して、子どもを中心に考えることが法的にも求められていますが、丹波市の対応は遅いと感じています。

実際に、3月になってもSSWと福祉事業所が建設的に議論できないとか、新年度になっても療育の件で保護者と学校がモメるトラブルが起きていると聞いたので、「あれ?12月定例会で指摘したけど、まだ現場に周知徹底されてないんかな?」と思い、健康福祉部と教育委員会でどのようなやりとりをしてきたのか資料を請求しました。

詳細は控えますが、初動が遅かったです。健康福祉部も教育委員会も「待ち」の期間が長くありました。

やはり、特に丹波市は部署を越えての連携が難しいんだろうと思います。理由は2つ。

一つは林市長が行うボトムアップのマネジメントです。市長はトップダウンで指示することはほとんどありません。実際に今回の学校と福祉の連携においても指示はナシです。ですから、各部長からのボトムアップで進めなければならないわけですが、自部署のことだけならまだしも、こうして部署を横断していると進めにくいわけですよ。だからこういうケースは部長より上のポジションである市長なり副市長なりがもっと介入していかないと前に進めにくいと思うんですけど、これまでそうした動きは見られませんでした。だからスローリー。

あともう一つは、丹波市役所が分庁舎方式であることです。一つの建物に全ての部署が入っていれば連携も取りやすいでしょうけど、現状では健康福祉部障がい福祉課が第二庁舎、健康福祉部子育て支援課がミルネ、そして教育委員会が山南庁舎2階と、連携すべき3つの部署がバラバラに散在しています。

そこで、一人ひとりに寄り添った利用者目線の行政サービスを行うために、関係機関との連携が強化しやすいように引っ越してはどうかと考えています。極端な話、もし仮に福祉の担当者と教育委員会の担当者が隣り合った席に座っていたら、「おい、さっきの質問で俺ら連携取れって言われたな。どーする?」みたいな話がしやすいと思うわけですよ。そんな環境だとさすがに長期間放置することはないでしょう。

その引越し、具体的には健康福祉部が入っている市役所第二庁舎に隣接する中央図書館に、ミルネの子育て支援課と山南の教育委員会の機能を移転させます。そうしたら3者の距離がぎゅっと縮まりますやん。そしてその現中央図書館を「丹波市こどもまんなか会館(仮)」として「子育てなんでもワンストップ相談窓口」を設置して、子育てや教育に関するあらゆる相談を受け付けるようにしたら、関連する部署との連携も自ずと強化される気がします。

また、中央図書館の機能は市民にとって利便性がより高まるゆめタウンに移転です。市民プラザと図書館を併設すれば市民の叡智が集結し、文化レベルの向上が期待できます。

さらに教育委員会が抜けた山南庁舎2階には、1階にある山南支所機能を移転。そして1階部分には「ちーたんの館」を拡張させ、恐竜化石を生かした学術的、文化的な施設を作れば有効活用できます。

そもそも氷上、春日、山南の分庁舎方式によって、移動や待ち時間の人件費などのコストが年間1億3千万円くらいあったはず。山南の教育委員会の引っ越しだけだともっとコストは限定的だろうけど、この引っ越しはかなり合理的で、パズルのピースがピタっとハマりそう。



ここまでのまとめ

ここまでの話をざっくりまとめますと、

・障害者総合支援法が施行されるタイミングで、法律の目的が障害者の人権尊重に変わったのに、丹波市ではその認識が欠如していた。
・20年以上前に行われた社会福祉基礎構造改革の本質を捉えず、「まごころ」を市で抱える措置制度のような状態であるから、利用者の自己決定権が軽視されがちで、サービスの質が向上しにくい。
・国の方針とは関係のない「補助金の二重取り」防止のためにこども園入園と同時に療育を切るという独自ルールで運用し、障害児の人権を奪っていた。
・国や県から通知されている、家庭と学校と福祉の連携を強める「トライアングルプロジェクト」の方針をスルーして、未だに市民に必要な情報を届けていない。
・SSWに社会福祉士資格がないと、学校を福祉に繋げにくい。
・議会でその連携強化を訴えても、マネジメントをボトムアップに委ねていることや、関連部署が散在していることで連携を取りづらい。
・これだけ調査して訴えても、市長は何も動かない。

これが丹波市の障害を持つ子どもたちの実情で、そりゃ「他市と比べて20年は遅れている」と言われてしまいますよね。




4. 障害者の人権が守られているか、行政はチェックしない

社協が355万円の過誤請求に

ここまでは主に障害児に焦点を当ててきましたが、ここからは障害者の人権が軽視されてきた事件について、その実態に触れます。

去る4月13日の神戸新聞に、相談支援事業所の一つである丹波市社会福祉協議会が、業務の報酬を、利用者115人分の計284件、約355万円分も過大に請求していたとの報道がありました。

その中で

昨年12月、利用者を別の民間事業所に引き継ぐ際に過大請求の一部が判明。記録の残る17年4月以降の全ての報酬請求1675件を点検し、総額を特定した。

令和5年4月13日 神戸新聞朝刊


とありますが、これは昨年から丹波市の障害福祉行政の調査をしていく中で、ある相談支援事業所からこの引き継ぎに関する相談を受け、偶然見つけてしまった案件で、私が障がい福祉課に伝えたのは12月ではなく10月27日です。社協を責めたいわけでもないので、見つけてしまった時は「わちゃ〜っ!」って感じでした。私がこの社協の仕事ぶりをどうこう言う立場ではないので、ここでは主に管理監督責任のある丹波市に対して考えていることを書きます。


今回、社協の相談支援において不適切な事務執行があったということで、記事では

市社協によると、サービスの利用計画作りに関する一部業務で、本来請求できない項目の報酬を請求していた。報酬の加算に必要な書類がないのに、加算分を請求した事案もあった。不適切な請求の大部分は19年4月以降で、事業所内で誤った制度の解釈が引き継がれていたことが原因という。

令和5年4月13日 神戸新聞朝刊


とありますが、これね、管理監督する側の市がモニタリング報告書等を確認していれば防げた話なんですよ。令和3年までは報告書の提出義務があったのに、それまでも報告書の内容までを確認していたわけではないからと、報告書の提出義務すら無くしちゃったんです。当局は「性善説でやっています」と言うので、それはあまりにチェック体制が緩すぎないかと昨年秋に指摘したんですけど、ほら、だから言わんこっちゃない。しっかりチェックができていたら、社協もこのような事態に陥らなかったろうに。

また、金銭とは別の角度での指摘もしておきたいのですが、報告書の内容を行政が確認していないということは、その間障害者がどのような状態になっているかを行政は感知しないということでもあるんです。それはなんとも無慈悲な関わり方やなぁ、と個人的には思います

「あのおじいちゃん、お変わりないかな〜」なんて思いを馳せながら報告書を見るような余裕なんぞないわい!という現場の状況なのかもしれないですけど、それだったらその確認作業を外注したらよいので、その旨民生産建常任委員会でも提案してきました。具体的には、丹波市の基幹相談支援事業所である社会福祉法人みつみ福祉会に外注したらいいと私は考えています。そこで、単に文書に不備がないかというチェックだけでなく、最適な障害福祉サービスが組まれ障害者の人権が尊重されているのかまで確認してもらったらいいと思っています。

しかし、5月17日の民生産建常任委員協議会で健康福祉部長は、報告書の確認は行わないとのこと。他市に確認したけど、他市でもやっていないと。

いやいやそんなことないんですよ。5月11日に行われた相談支援連絡会では北播磨地域の相談支援事業所が「モニタリング報告書の提出義務はある。なんで丹波市では提出義務がないんですか?」と逆質問を受けているくらいですから。

せっかく他市を交えての研修なのに、そこから学ぼうとしない市の姿勢には呆れ返ります。




「不適切な請求」は過誤請求だけだったのか?

さて、今回の報道では文書の不備としての過誤が355万円分あった、という内容でしたが、私はまた別の視点でも問題視しています。

と言うのも、私は利用者や関係者から、

❶社協はモニタリング報告書を作成していないのに報酬を請求し、受け取っていた。

❷社協は実際にモニタリングを行っていないのに行ったことにしていて、モニタリング報告書やサービス等利用計画書が長期間コピペで作成されていた(誤字脱字箇所もそのままというコピペ)ケースがあった。

❸実際にモニタリングをしておらず、モニタリング報告書の利用者や事業者のコメント欄が白紙。それにも関わらず、サービス利用時モニタリング加算まで付けて報酬を得ていた。


という3点を聞いています。これらが事実であれば、これには故意が認められるだろうから「過誤請求」の範疇を超えるのではないかと私は考えています。だからもちろんこれらも監督責任のある丹波市役所健康福祉部に伝えました。


モニタリング報告書を作成しなくても報酬請求ができる?!

❶に関しては、令和4年10月21日にこの引き継ぎ(社協→A社としましょう)が行われた際に、A社の相談支援員が直近のサービス等利用計画とモニタリング報告書を求めたところ、社協相談支援員自らが

「モニタリング報告書はまだ作っていない」

と答えたんですね。本来であれば8月がモニタリング月であり、8月には作っておくべき報告書なのに、10月の段階で「作っていない」と。この発言があったことはその場に同席していた他の関係者からの証言も得ています。

それにも関わらず、10月の段階で「まだ作っていない」はずのモニタリング報告書の報酬請求が9月には完了していたことが、障がい福祉課での調査でわかりました。

本来は、

モニタリング→報告書作成→報酬請求

という順番ですから、もし本当に報告書を作っていないのに報酬請求をかけたのであれば、不正だと私は認識しています。

そこで障害福祉課にこの一連の事実を伝え、不正の可能性が浮上してきたから調査をすべきではないか、と障がい福祉課長尋ねたところ、

「我々が調査をした段階で報告書があればセーフ」

という見解を示したんですね。

モニタリング→報酬請求→報告書作成

丹波市的にはこれでもセーフということ
です。

この事案については、5月17日の民生産建常任委員協議会で障がい福祉課長から答弁があり、

「モニタリング報告書でなくとも、モニタリングをした事実を記録したことによって請求ができる」

という解釈の説明がありました。そしてこの見解は兵庫県にも確認がとれているとも話されていたので、本当にその見解で合っているのか、兵庫県福祉部障害福祉課に確認しました。

すると、

確かにモニタリング報告書の様式でなければならないとは言えないが、モニタリング標準様式に定められている日時、場所、内容等が適切に記録されることをもって請求できる

という見解ですから、モニタリングを行った事実だけが記録されていても、それは請求の根拠にはならないとのこと
でした。

課長の話と食い違うので県の担当者も困惑していましたし、この件に関しては今後の事業運営にも大きな影響を及ぼすので、改めて課長に問う必要を感じています。



モニタリング報告書はコピペでOK?!

❷に関しては、私は当該利用者さんに直接ヒアリングをして確認しています。

その利用者さん(障害者のご家族)の話によると、「もう何年もモニタリングなんか受けていない。一度だけ、電話でモニタリングをする、という話を聞いたくらいだ。計画書もほとんど預かったことがない。」とのことだったので、一体どんな計画書や報告書になっているのかを確認するために、ご家族が社協に文書を開示請求されました。

すると、まずモニタリング報告書はほとんどがコピペ

福祉サービスを提供している事業者から聞き取った内容を記入する「サービス提供状況」の欄は、令和2年5月〜令和4年11月まで、3ヶ月に1回の全11回がほぼコピペで済まされています

例えばヘルパーさんからの聞き取りとして、

「通院の介助は家族支援。」

との記載があります、11回連続で。ヘルパーさんが「本人の通院の介助にあたっては家族を支援しています」っていうことを聞き取ったのかな、11回連続で。この書類だけ見ると、ヘルパーさんは2年半ずっと同じコメントしかせーへんのかーい!って思いますが、いや、実はね、この利用者さんは通院の際には「おでかけサポート」などを利用していて、そもそもヘルパーさんに通院介助なんて依頼していないんですよ。だからヘルパーさんから通院時のコメントなんぞ出てくるはずがないんです、それも11回連続で。

また「本人の感想・満足度」欄は、令和2年9月〜令和4年11月の11回が全てコピペ!このヘルパーさんを利用したことによる本人(家族)の感想は

「外出時は妻の介助で移譲し行っていたが、出かける回数は少なくなっていた」(原文ママ)

と書いてありました、11回連続で。これが「本人の感想・満足度」なのか?という疑問もありますし、「移譲」って「移乗」のことなのかな?11回連続で変換ミスします?そして11回連続で回数が少なくなっていたのであれば、そろそろ0に収束しそうじゃないですか。

もちろん利用者さんは2年半も同じこと言い続けておられないし、そもそもヘルパーさんに外出支援は頼んでもないわけで、つまり、実際にモニタリングなどしていないから、実態とかけ離れている内容がモニタリング報告書に記載されてしまっているんだろうと私は推測しています。

この案件に関しては、5月17日の民生産建常任委員協議会で障がい福祉課副課長から、

「全くコピペの報告書があれば指導するようにしている」

と答弁がありました。しかしこの案件については昨年12月に障がい福祉課に伝え済み。それにも関わらず指導していないわけですから、副課長が言うてることとやっていることの整合が取れません。


今回、私が社協に不適切な業務があることを障害福祉課に伝えたのは令和4年10月。そこからいろいろ調査して、3月にようやく丹波市の実地調査が終わったようですが、調査は社協が提出した報告書を鵜呑みにしているだけで、モニタリング報告書等の文書の中身の確認すらしていないとのこと。もちろん、利用者115人の誰一人にも話を聞かないまま調査を終え、「不正」ではなく「過誤」と判断したようです。

コピペの報告書があるという事実を伝えたのに、そのコピペに関してはお咎め無しなのか。これだと、丹波市はモニタリングに関しては実施せずにコピペの使い回しでもOKと言うてるようなもんです。

ちなみに、この案件に関しても兵庫県の担当者に確認を取りましたが、

「コピペというそれだけの事実があるなら、不正ではないと言えないのではないか

という見解でした。

コピーしてペーストするという作業は、うっかりミスでできるものではなくて、当然ながら故意があって初めてできることなんですが、これを丹波市では「不正」と言わずに「過誤」と言うのか?

まぁ私個人的には「不正請求」でも「過誤請求」でもどっちでもよくて(いや、あかんのですけど、そんなことよりも)、とにかく障害者の人権を守らんかい!と憤慨しているわけですよ。

ちょっと想像してみていただきたいんですけどね、モニタリング報告書が長期間コピペって、どういう状況かわかります?時間の経過とともに障害の度合いや体調が変化したり、サポートしてくれる家族構成が変わったりするからこそ、定期的にモニタリングをして、よりその人に合った計画に修正していくことが求められるわけですが、モニタリングを実施せずコピペ対応していたということであれば、サービスを最適化することができず、利用者もご家族も苦労が蓄積していくわけですよ。

実際に、社協のコピペの支援から、A社の相談支援員がしっかりとヒアリングしたうえで作られた計画での支援に切り替わり、この利用者さんの満足度は格段に上がりました。そりゃそうです、その利用者さんに最適なオーダーメイド支援なんだもん。

本来であればこれが当たり前なんです。行政はこの当たり前の支援ができているかどうかをチェックしなければならないはず。それにも関わらずモニタリング報告書の提出義務をなくすわ、さらに私がモニタリング報告書がコピペになっていて不適切だと訴えてもスルーするわで、私には障害者の人権がぞんざいに扱われているとしか思えません。

まぁそもそも丹波市障害福祉行政は障害者の人権尊重を目的に仕事をしているわけではないことがわかってきたので、現状に問題を感じないのかもしれませんが、でももうちょっと障害者に寄り添った支援をしてもらえませんかね?


モニタリング報告書は、白紙でもOK?!

4月になって、❸が浮上してきました。

❸実際にモニタリングをしておらず、モニタリング報告書の利用者や事業者のコメント欄が白紙。それにも関わらず、サービス利用時モニタリング加算まで付けて報酬を得ていた。

・・・。白紙ですよ、白紙。コピペならまだしも、白紙。

さすがにこれをスルーしたらあかんやろー!と、5月1日に健康福祉部に行き、健康福祉部次長兼社会福祉課長、監査指導係長、障がい福祉課長の3者と面談し、これまでの❶❷に加え、❸まで出てきても社協の報告を鵜呑みにして内容の調査をしないのか?と問うてきました。

私が繋がっている社協ユーザーは2人だけですが、その2人で❶❷❸の不適切な業務が起きています。今回社協が「過誤請求」と判断した全115人分を調べたら、一体どうなるんでしょう?

その場での回答はありませんでしたが、後刻、健康福祉部長から電話で、これから内容についても調査すると言う報告を受けました。私が半年以上前から再三再試、障がい福祉課に訴え続け、ようやく監査開始です。その間にも障害者の人権が侵害されていたかと思うと、腹立たしさを感じます。

実際、❸の利用者は家事支援を利用していたのですが、生活実態を反映した計画になっておらず、その支給量が圧倒的に足りてなくて家中ゴミだらけ状態だったんですね。だけど適切なモニタリングを受けていないもんだから、サービスの種類や量の変更はナシ。結果的に、自腹で●十万もかけてハウスクリーニング業者に来てもらって家の中を片付けてもらったという・・・。


この案件に関しては、5月17日の民生産建常任委員協議会で障がい福祉課長から、

「この件はサービスがまだ提供されていない段階でのモニタリングであったため、事業者や利用者のヒアリングができていないが、全体の様子は記録されているので、問題はない

という答弁がありました。

えーっと、もうここまできたら意味がわからないですね。そもそもモニタリングとは、計画を立てたサービス内容がその利用者に合っているかどうかを利用者や事業者に確認し、必要に応じて計画を修正していくために行うものです。

それなのに、サービスが利用されていない段階だと、利用者にも事業者にもサービスを受けての感想なんか聞けるわけないじゃないですか。そんなモニタリングもどきに税金を使わせんとってほしいです(負担割合は国1/2、県1/4、市1/4)。

さらにこのケースで問題視せざるを得ないのは、サービス利用時モニタリング加算をつけていたこと。このサービス利用時モニタリング加算とは、福祉サービスを受けている時間帯にヒアリングを行い、実際の現場を確認することによってより精度の高いモニタリングを行った場合に付けられる加算です。

えー、このケースではサービスがまだ提供されていないから、利用者や事業者の話が聞けなかったので白紙になっていて、でもサービスを利用している最中にモニタリングをしたことにしているわけでしょう?

これが過誤か?

車の運転をしていて、赤信号を無視したら2点の違反です。「え?赤信号で進んだらダメだなんて知らなかったです」なんていう言い訳、通用すると思います?

こうした違反を繰り返して点数が溜まると、30日間の免許停止処分であったり、免許剥奪処分であったりの行政処分が下されるわけですよね?それが免許制度。

資格も同じじゃないですか。資格を持っている以上、「サービスを利用していない時にサービス利用時モニタリング加算を付けちゃダメなんて知らなかった」っていう言い訳が通用するはずないじゃん。無資格者じゃないんだから。赤信号を無視するのと同じ。

これには県の担当者も、

「サービスが始まっていないのに、一体何を聞くの?モニタリングの意味がないじゃないですか。」

と苦笑いでした。


改めて言いますが、障害者総合支援法は障害者にもある基本的人権を尊重し、障害者が社会で生活をするために必要な支援をするための法律です。だから監査においてもその目的に則って、実際に最適とは言い難いサービスを受けていたであろう利用者115人の話も聞いて、その人たちの人権が守られていたのかを確認すべきだと思います。

この件に関しては7月3日現在でまだ監査が継続中とのことですので、監査が終了してから、また何らかの形でアウトプットすることにします。

改めて言いますが、私は社協を責めているわけではないですよ。また社協にも頑張ってお仕事されておられる優秀な方はたくさんおられますし、社協全体が悪いとかいう印象を与えるつもりもありません。私は、管理監督責任のある行政の杜撰さを指摘しています。



5. 諸問題の3つの根本原因と、20年近く放置されてきた3つの背景

諸問題が起きる3つの根本原因

あまりに酷いからとても長くなっちゃったけど、ここまで丹波市の障害福祉行政の実態について書いてきました。これを今後改めていかねばと思うわけですが、これら諸問題を引き起こした根本的な原因を考えないと、改善が望めません。

そこで私なりに3つの根本原因を考えてみました。


障害福祉行政における歴史や制度の理解不足

まず一つ目は、障害福祉行政における歴史や制度の理解不足です。なんでもそうですけど、「時代の流れ」ってあるじゃないですか。「昔は飲酒運転が横行していて、悲惨な事故が絶えなかったから、厳罰化によって飲酒運転が減ってきた」とか、「昔は教師による体罰なんて当たり前だったけど、教育的にも人権的にも配慮に欠けるどころか、それがむしろ暴力を助長することにも繋がってしまうから禁止されてきた」とか。

そういう経緯があって今のルールがある、ということが理解できると、「あ、だから禁止になったんや」と納得がいって、今のルールの意味や意図まで深く理解が進みますよね。

「理解」という概念は、「分かった!」「分けることができた!」という思考状態です。何かと何かを対比して、そこに明確な境界線が引けるようになった時に初めて「分かった!」「分けることができた!」となるわけです。

だから「過去」と「現在」を比較して、その両者に明確な線が引けた時に現在の制度の輪郭が明確になり、理解が深まるわけですよ。つまり、今の制度を深く理解するためには歴史を学ぶ必要があるんです。

だから、例えば措置制度から契約制度への移行した流れを理解したうえで「まごころ」が障害児のサービス内容を決定している現状を見ると、それがいかに時代の流れに逆行しているかわかるはずです。

また、障害者自立支援法から障害者総合支援法への移行などの時代背景を知ると、丹波市独自の「補助金の二重取り」は人権侵害であり得ない考え方であることがわかるはず。

どちらの行為も時代の流れに反していますから、大枠の流れがわかっていたら「おかしい!」と直感が働くはずです。本来そういう思考回路を持っておくべきが管理職なんじゃないでしょうかね。


行政のマネジメントの緩さ(ケアマネとの違い)

そして二つ目は、行政のマネジメントの緩さです。

障害福祉制度って介護保険制度をベースに作られているから制度的に似通ってはいるものの、障害福祉制度の方が歴史が浅いことなどもあって、体制が成熟していないんですね。それにも関わらず、行政のマネジメントが緩い。これも諸問題が起きる一つの要因やと思います。

例えば介護保険制度でのケアマネージャー(介護支援専門員)と同じような役割を持つ職種として、障害者総合支援法では「相談支援専門員」が位置付けられているので、制度的には似通っています。ただし、それらの資格を取るための難易度がまるで違います。ケアマネになるためには実務経験に加えて、合格率約2割という難関の試験をパスする必要がありますが、相談支援専門員は実務経験と初任者研修受講で誰でも資格が取れます。

だから制度上は似ていても、どうしても質が異なってくるわけです。従って行政のマネジメントも異なって当然で、障害福祉行政の方は相談支援事業所をしっかりグリップしておくべきだと私は思います。

ところが、件の社協の件にしてもそうですが、性善説に基づいてモニタリング報告書の提出は求めないわ、実際にコピペの報告書があると言っても調査すらしてこないわで、マネジメントがユルユルなんです。

こんな放任っぷりでは問題が噴出しても不思議ではないですね。



職員の人権意識の低さと市長の放任マネジメント

最後三つ目。もうこれが最大の原因やと思いますけど、職員の人権意識の低さと、それを改善させない市長のマネジメントの酷さ、これに尽きるかな。

もう先にも述べましたが、令和4年9月の一般質問において、障害者総合支援法の第一条に記されている、障害者の人権を守るためという法の目的を問うたところ、健康福祉部長が、「障害のある人もない人も、全ての方が自立的に生活を営むことができるように支援していくもの」と自立支援法の目的を答えられた、これが全てです。

2013年には障害者総合支援法によって目的が人権尊重に変わっているのに、丹波市の障害福祉行政は全般的にアップデートできていないんですよ。

だから12月の一般質問では、「人権尊重」という目的の認知を組織内に浸透させるためにも、丹波市障害者総合支援条例の第一条に、「人権尊重」の目的を明記しないか、と提案しました。ところがこれも「今後、検討してまいりたい」とすぐには取り組まない姿勢でした。

そんな姿勢だから、年を明けてからも障害福祉行政に関わる課長や係長ですら、法の目的である人権尊重を理解できていない。私、9月からずっと同じことを言い続けているけど、組織として人権意識を浸透させようという気すらないのかな。

さらに市長答弁では、「なお、条例に記載するか、記載しないか、に関わらず、障がい者及び障がい児の基本的人権を尊重した地域社会になるよう、障がい者施策の普及・啓発、推進を行ってまいりたい」とありましたが、いや、普及啓発だなんてそんな上から目線で何言うてまんの?

障害者の基本的人権を尊重した地域社会を創りたいなら、まずはその事業に関わる市職員からでしょう。職員の人権意識を高め、人権感覚を敏感にしていかないと、障害者の基本的人権を尊重した地域社会が実現できるはずないじゃないですか。

まぁそのためにはまずは市長自らが人権について学んでいただかなきゃ困るんですが、こちらの「林市長は、子どもの人権や自己肯定感のことを理解していなかったし、学ぶ姿勢すらなかったんだ・・・」の記事にもあるように、市長は人権については軽視されているようなので、この点に関しては期待しない方が精神衛生上よろしいかな。


20年近く放置されてきた3つの背景

さて、丹波市が誕生して来年で20年になるわけですが、この20年近くの間に障害福祉行政が改善できなかったのには3つの背景が重なり合ってのことだと感じています。

専門性が高いが故に人事異動が難しく、ミスに気づきにくい

まず一つ目は、専門性が高いが故に人事異動が難しく、ミスに気づきにくいということです。

障害福祉って、まずその制度自体が難しくって、専門家じゃないと判断できないことも多々あるんですね。だから社会福祉士という有資格者が置かれているわけですが、この社会福祉士は社会福祉に強い人、介護保険に強い人、障害福祉に強い人、というように、それぞれ得意分野が異なるようです。そのため、複数の社会福祉士で人事ローテーションを回すのが難しく、職員が固定化されているのが現状です。

そうすると、仮に何かしらのミスが起きたとしても、複数の目が入らないためミスに気づきにくいわけですから、この環境要因がまず一つ影響していそうです。

無理やりにでも人事のローテーションを回した方がいいと私は思いますけどね。

専門性が高いが故に、議会でツッコミを入れにくい

二つ目は、専門性が高いが故に、議会でツッコミを入れにくいということです。

これは私も反省すべきことなんですが、昨年5月に行われた「丹波市議会 市民との意見交換会」において、障害福祉サービスの一つである「まんがいちネットは使えない制度だ」という声があったんですが、議会委員会でとことんまで調査できなかった経緯がありました。委員会で障がい福祉課長に説明を求めて、我々はそれを聞きはしましたが、そもそも障害者総合支援法の理解がない状態で聞いたところで、「まんがいちネット」に関する深い理解は得られません。質疑しても専門用語で答弁されると、それ以上のツッコミを入れることが難しいし。

結果的に委員会での調査は、中途半端な結果に終わってしまっていました。これは私も反省です。

その後、夏からスパルタ式でお勉強することになったので、今こうして当局にツッコミを入れられるようになりましたが、これまで20年近くも議会から当局に適切なツッコミを入れてこれなかったのが実情のようです。つまり、議会が持つべき監視機能が機能してこなかったんだと推察しています。

障害福祉は私も初めて学ぶジャンルだったので、近隣他市にも視察に行きましたが、丹波篠山市でも三田市でも、障害福祉に強い議員が議会におられました。だから当局がもし不適切な仕事をしたら、議会からの指摘で修正が効くんでしょうね。

丹波市議会もようやくそのレベルに近づけられそうなんですが、とは言え、私一人が理解しているだけでは組織としては脆弱です。このままじゃ、次の6期目の丹波市議会に私がいなければ、また監視機能が落ちてしまいます。

そこで、民生産建常任委員会として障害福祉の調査研究を行い、勉強会を開いたり、市内の相談支援専門員との面談の機会を設けたり、このブログを書いたりして、障害福祉行政の現状を私以外の委員にも理解できるよう働きかけているところです。そうして議会組織として能力が上がれば、私が抜けても当局の監視機能が働きますからね。

次の丹波市議会選挙に出馬される方は、ぜひこのブログを読み込んでいただき、丹波市の障害福祉行政に適切な働きかけをお願いしたいと思います。


障害者の声が行政に届きにくい複合的な構造

最後三つ目は、障害者の声が行政に届きにくい複合的な構造です。

家族に障害者、障害児が居ることを隠そうとする人も中にはおられます。だから仮に障害福祉行政に不満があったとしても、その声は議会まで届きません。

また、不満の声が議会に届いたとしても、行政まで届けられないケースもあります。

丹波市の場合、行政が措置制度のような関わり方をしてくるので、実際に市民の声を聞いていると、「行政とトラブルがあって困っているけど、行政に目をつけられたくないから、このことは黙っておいてほしい」とお願いされることも多々ありました。契約制度の在り方で運用していればこんなことにならないはずやと思うんですけどね・・・。


それと、障害者って少数派でもあるので、あまり選挙対策にならないから政治家が熱心に活動しないという話も聞いたことがあります。いや〜、それはさすがにあかんでしょ。そういう問題じゃない。誰一人取り残さないというスタンスで政治をしないと。

今は健常者であっても、いつ何時障害者になるかわからないわけだから、いざと言う時でもしっかり支援できる環境を整えておくことは、その地域の魅力に繋がります。

そういう安心が得られる地域社会を創ることは政治家の仕事だし、そんな社会ができたら「帰ってこい」なんて言わなくても帰ってきやすくなるんじゃないですか。無理して人を集めるのではなく、自然と人が集まる、そんな地域社会にしていくためには、この障害福祉の充実は避けては通れないと思います。



6. 終わりに

議員という市民を代表する立場なんで、こうして当局を批判して政策・施策をブラッシュアップし、市民サービスの質を向上させることは当然の仕事です。ただ、議会で指摘をして、その指摘を受けて当局がサッと動いてくれたらこんなブログを書くまでも至らなかったと思うんですが、是正されるまでかなりの時間を要しているのが現状です。

そして結果的に私は昨夏から文句ばっかり言っている状況なので、だんだん自分自身で気持ち悪くなってきました(笑)

と言うのも、個人的には文句ばっかり言って何も手を動かさないのは好かんタイプなんです。批判はするけど、自分なりに代替案を示して実行に移すのが、私の納得のいくやり方。

そこで、市内の志の高い事業者さんに「行政の動きに納得できないなら、市民側でも動きませんか?」と声をかけました。そうすると熱量のある事業者さんがどんどん集まって、7月5日(水)の夜に、広く市民を対象とした「障害福祉の勉強会&相談会」が実施される運びとなりました。

「療育ってなに?」
「集団の中に居ると生きづらさを感じる」

等々、障害福祉についての質問や相談がございましたら、当日来られる市内の11事業所の多様な専門家たちが、丁寧に答えてくださいます。私も10分程度、子どもや障害者の人権についてお話させていただきます。

市民側で勉強会&相談会を開きます!



批判もいいけど、個人的にはこういう建設的な市民活動が心地良いですねー。そして何より、こうして市内の障害福祉事業所の横の連携が強まっていき、困ってらっしゃる市民が集える場づくりができたなら、丹波市の障害福祉業界を市民側から盛り上げていけそうです!

もちろん議会でも真剣に取り組みます。これから議会委員会としての調査研究を進め、この障害福祉行政の改善に関しては、政策決議案の議決に基づく重みを付けて、当局に提言したいと個人的には考えています。

これまでは丹波市の障害福祉行政には諦めを抱いておられた方も多いと思いますが、市民も議会も本気になって取り組めば、社会は変えられます!それが民主主義ですからね!最後まで諦めずに丹波市の障害福祉を取り巻く環境を整えていきましょう!


(追伸)
このブログをご覧になった方で、丹波市の障害福祉行政について何か思うところがございましたら、前川までご連絡ください。
080-3087-4720
maegawa.shinsuke.3 あっとまーく gmail.com

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